2020.05.19 (火) コラム
こころを元気にする作業療法は恋愛に似ている!?
今回のコラムは、「こころの病に対する作業療法」についてご紹介いたします。
リハビリテーションと聞くと、体が不自由な人に対しての関わりを思い浮かべる方が多いと思いますが、中でも、作業療法士の大きな特徴の一つが、「精神に障害のある人にも関わる職種である」ということです。これは、理学療法士及び作業療法士法(法律)にも、「作業療法とは、身体及び精神に障害があるものに対し、主としてその応用的動作能力または社会的適応能力の回復を図るため」に行われるものと記されています。
精神の障害と聞くと、皆さんはどんなイメージを持たれるでしょうか?
冒頭に「こころの病」と書きましたが、風邪をひいたり、ケガなどで病気や障害を患うことと同じように、私たちの「こころ」も、さまざまな影響により、健康な状態を保てなくなってしまうことがあります。「どうも気分が落ち込むな」とか、「なんだかイライラする」など、「こころ」にもコンディションがあり、この、「こころ」のコンディションが、自分でうまく保つことができず、生活に支障が出てくると、「こころの病」と呼ばれる状態になります。このような状態で治療が必要な時、精神科での治療は、薬を飲んで症状を落ち着かせる「薬物療法」、こころの葛藤を様々な治療方法で介入する「精神療法」、そして「リハビリテーション」の三本柱で行われます。このリハビリテーションを担うのが、主に作業療法士になります。
精神科作業療法は相手を知ることから始まる
それでは、「精神科作業療法(以下精神科OT)」の内容についてお伝えしていきます。
精神科OTを行う上で、まず初めにすることは「評価(アセスメント)」です。精神科医は主に病気の状態(精神症状)について診察を行いますが、作業療法士は、対象者の気持ちや、生活や行動の様子を丁寧に確認していきます。それは対象者から直接話を聞くこと(面接)や、どんな様子なのかを見ること(観察)を中心に行いますが、目には見えないこころの病に対して、作業療法士らしいと言える関わり方は「作業を用いた観察」を行うことです。精神科OTで用いられる「集団活動」では、スポーツやゲームなどを行います。「体を動かすこと」「楽しむこと」という目的はありますが、「作業を用いた観察」では、スポーツやゲームの場面を通して、その人が「どんな取り組みをしているのか」を様々な視点から観察します。
ルールを理解できているか?(認知面)
他の人とどのように接しているのか?(対人面)
楽しめているか?(感情面)
やる気はどうか?(意欲面)
などを見ていきます。このような観察により、症状が行動にどのように影響しているかを知ることができます。治療として用いた集団活動の場面から、社会生活場面での取り組みの様子が観察できるため、対象者の良いところはもちろんですが、困りごとや問題になることもよりリアルに見えてきます。症状がどのように生活のしづらさに結びついているか、確認できるわけです。この「評価」の取り組みは、こころの健康のために「相手のことをもっとよく知りたい」と思う気持ちが大切で、それはまるで、恋愛でいうところの「片想い」に例えることができるのではないでしょうか?
精神科OTの実際~こころが元気になる道のり~
対象者の状態を把握出来たら、作業療法士は治療計画を立て、実際の治療に入ります。
精神疾患を患った方の場合、本人は全く困りごとを感じていない(家族や周囲が困っている)場合があるのも特徴です。対象者からお話を聞くと「自分は何ともないけど、家族が病院に連れてきた」ということもよくあります。
このような場合でも、作業療法場面で対象者の取り組み方を一緒に振り返り、「自身の状態に気づく」ことを促すことができます。対人関係で周囲とトラブルが問題になってしまう状態の場合、行動によって起こった結果ではなく、なぜトラブルになったのか、その時の自身の気持ちや捉え方などを確認し、「だからイライラしたんですね」などと振り返ることで、疾患により自身の感情コントロールが難しいことが原因になっていることに気がつくことができます。
気分を安定させる薬を用いることもありますが、対象者自身が作業療法士とともにイライラの対処法などに取り組み、また新たに作業療法場面で自身の行動や気分を確認する、治療場面と評価がともなっていくのも、精神科OTの特徴です。先ほど、評価は「片想い」に似ていると記しましたが、対象者の事を思いながら、一緒にこころが元気になっていく精神科OTの治療は、「恋愛」と似ているかもしれませんね。
精神科OTは子どもからお年寄りまで幅広い対象となります。発達に問題があるお子様の場合、どのように学校生活が元気に送れるか?思春期における心の問題は?成人期においては、社会生活の中でのストレス問題をどう解決するか?老年期になると、老いていくことに対する不安や認知症・・・対象者のライフステージに沿った関わりをしていくことになります。ストレス社会と呼ばれる現代において、誰しもがこころの病を患うかもしれない。だからこそ、こころの健康(メンタルヘルス)についての取り組みは今後より重要になると思われます。
こころの病についてお伝えしましたが、精神科作業療法のルーツは、紀元前、ギリシャのヒポクラテス(BC460年~377年ごろ)や、ガレノス(AD130~201ごろ)にさかのぼります。彼らが、身体と精神の相互作用を重視し、精神を病む人々に体を使う作業(農作業や木工)、楽しめる作業(音楽、演劇、スポーツ)などを勧め、「仕事をすることは自然の最高の医師であり、人間の幸福に不可欠なものである」と説いています。こころの健康において、作業、そして作業療法がどれほど大切なものかを、感じていただけるのではないでしょうか?